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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)191号 判決

控訴人

丸共産業合名会社

右代表者代表社員

清水三郎

右訴訟代理人

富岡健一

細井土夫

右富岡訴訟復代理人

木村静之

被控訴人

小松ミツ

右訴訟代理人

井出正敏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和四年三月一五日合資会社として設立され、昭和一六年四月二五日合名会社に組織を変更し、その目的を(一)各種繊維の売買業、(二)特殊繭及び各種繊維の反毛、脱色、脱脂、染色並びにその化学的処理業、(三)土地売買業、(四)他の事業に投資すること、(五)前各項に付帯すること、に改めた会社であること、後記金子原司死亡当時における控訴人の社員の氏名及びその出資の価額が(一)清水三郎金二万〇二五〇円、(二)被控訴人金一万三五五〇円、(三)大林茂金一万三五五〇円、(四)清水昭好金一万三五五〇円、(五)金子原司金一万三五五〇円、(六)鈴木栄一金六七七五円であつて、出資総額が金八万一二二五円であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、社員金子原司は昭和四八年四月一四日死亡したため、同日その長男である金子竜太郎外八名が相続により同人の地位を承継した上、控訴人に社員として入社したが、昭和四九年七月二二日には右金子竜太郎を除く八名が控訴人より退社したので、金子原司の承継人としては結局金子竜太郎のみが社員として残留することになつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二そこで、当事者双方の主張に沿つて、控訴人に商法一一二条一項に定める解散事由たる「已むことを得ない事由」が存するかどうかについて検討することとする。

1  会社の形骸化について

〈証拠〉を総合すると、控訴人は当初土地売買を目的として設立されたが、前示のとおり昭和一六年の組織変更と同時に営業目的も変更し、社員である製糸業者から委託を受けて製糸の工程で生ずる副蚕糸の製品化を図る共同処理工場となつたが、昭和二〇年六月の空襲によりその営業を停止したこと、終戦直後鈴木艶次及び清水昭好の父清水寿一が共和産業株式会社を設立し、同会社は控訴人所有の土地建物を使用して副蚕糸の加工処理等の営業をしたが、しばらくして倒産したこと、その後昭和二五年九月二二日に至り、右清水寿一、大林茂の父大林正志及び清水三郎が中心となつて訴外会社を設立し、訴外会社は控訴人所有の土地建物及び共和産業株式会社所有の工場を使用して控訴人や共和産業株式会社の営業目的と同様の営業を行ない、現在清水三郎、大林茂及び清水昭好外一名がその代表取締役に就任していること、当時、控訴人の社員のうちには鈴木栄一ら製糸業から他業種に転業していた者がいたが、訴外会社を設立し、同社に控訴人の土地建物を使用させることについては、これらの社員には何ら了解を得なかつたこと、訴外会社を設立した上で右の営業を行なうことにしたのは、控訴人が営業を継続して、経営不振に陥つた場合、他業種に転業した社員に迷惑をかけたくないという配慮に基づくものであつたので、控訴人はその所有する土地建物を訴外会社に使用させるのみで、本来の営業活動を全く行なつていないこと、控訴人と訴外会社との間には右使用関係につき契約書が作成されておらず、ただ訴外会社は控訴人に対し賃料名下に金員を支払つていて、これが控訴人の唯一の収入源(昭和五四年四月一日より昭和五五年三月三一日までの事業年度においては金四六八万四八〇〇円)となつていること、右賃料収入の大部分は租税公課及び清水三郎に対する役員報酬として支払われ、控訴人の利益は殆ど生じないような会計処理がなされ、清水三郎は右役員報酬の中から控訴人の他の社員に対し昭和四〇年頃より一年に二回出資額の倍額程度の利益配当を行なつていること、訴外会社が使用する控訴人所有の土地建物は昭和五〇年一二月一日の時点で約金一億四〇〇〇万円の価値を有すること、鈴木栄一は昭和四五年四月一日控訴人の代表社員に就任したが、控訴人の実権は清水三郎が握つており、控訴人の代表者印は鈴木栄一に引き渡されなかつたこと、以上の事実が認められ〈る。〉

右認定事実に前示争いのない事実を加えて判断すると、控訴人は昭和一六年の定款変更により設定された本来の営業活動を昭和二〇年六月以降は全く行なわず、右と同一の営業活動は、訴外会社が控訴人所有の土地建物を事実上占有使用して行なつているのであつて、控訴人は現在被控訴人が主張するように、全く形骸化し名目的な存在になつているものと認めざるを得ない。控訴人は、その目的たる事業を実質上訴外会社を通じて継続し、賃料収入を得て公租公課の支払い及び各社員に対する利益配当を行なつてきたのであるから、控訴人が形骸化しているとか、事実上の休業状態にあるとかは即断できない旨主張する。しかし、実質上訴外会社を通じて営業を継続しているというのは、とりもなおさず、本来の営業活動に関しては控訴人を必要としていないことを意味するというべきであり、所詮控訴人の存続を望む者が期待するのは、訴外会社がその営業活動をなすにつき前提となる、控訴人所有の土地建物に対する使用権の確保であり、その限りにおいてのみ控訴人の存在を必要とするというにすぎないというべきである。したがつて、控訴人の右主張によつても、前記判断が左右されるものではない。

2  社員間の利害相反について

〈証拠〉を総合すると、被控訴人の父小松徳三郎は控訴人の社員であつたが昭和一六年に製糸業から金属加工業に転業したものであるところ、同人は昭和二九年に死亡し、その妻小松よねも昭和四一年に死亡したため、被控訴人が相続により控訴人の社員となり、昭和四五年四月九日その旨の登記を経由したこと、控訴人の社員のうち、鈴木栄一は終戦後食品加工業に転じ、金子竜太郎の父金子原司(昭和四八年四月一四日死亡)もまた昭和一六年に撚糸業に転業していたこと、このため従前どおり製糸業を営み、訴外会社が控訴人所有の土地建物を使用して営業活動を行なうことに利益を有する清水三郎、大林茂及び清水昭好と、これに不満を有する被控訴人、鈴木栄一及び金子原司との間に利害の対立が生じたこと、被控訴人はその打開策として昭和四二年以降、東芝の下請会社になる案、ボーリング場を建設する案、控訴人所有地を第三者に売却する案、右土地を半々に分割する案、訴外会社を控訴人と合併する案、持分を任意の第三者に譲渡しうるよう定款を変更する案等種々の提案をしたが、いずれも採用されなかつたこと、その後昭和四九年八月一〇日頃に至り、鈴木栄一及び金子原司の死亡後相続により入社した金子竜太郎の両名は控訴人より退社したこと、控訴人の定款によれば控訴人の代表社員は総社員の同意を以て選任されることになつているところ、鈴木栄一の退社に伴い代表者員が欠けたにもかかわらず、社員間の意見の対立のため後任代表社員が未だ選任されていない(清水三郎は商法七九条により選任されたもので本訴についてのみ代表権を有するに過ぎない)こと、以上の事実が認められ、右認定を履すに足りる的確な証拠はない。

右認定事実によると、社員六名のうち鈴木栄一及び金子竜太郎の両名が退社した現在においては、控訴人の業務執行については商法六八条、民法六七〇条一項により多数決で決定しうる道が生じたとはいえ、もともと社員の共同利益になるような打開策について被控訴人と清水三郎、大林茂及び清水昭好との間にはなお決定的な対立が存すると認めるべきであり、そのため鈴木栄一の後任代表社員をも未だ選任できないのであるから、鈴木栄一らの退社によつても、社員間の利害相反状態が解消したと認めることはできない。

3  他の手段による打開の方法について

控訴人は、被控訴人との他の社員との間に不和対立があるとしても、被控訴人も鈴木栄一や金子竜太郎と同じように退社して持分払戻しの請求をすることにより困難な事情は十分に打開しうる旨主張する。しかし、原審及び当審を通じて裁判所から度々持分払戻しと実質上同様な、他の社員またはその指定する者が被控訴人の持分を買い取るという方法の和解勧告を受けたのに対し控訴人が勧告価額に不満であるとか、金策の目途が立たないとかの理由によりこれを拒絶したこと、また鈴木栄一及び金子竜太郎が退社を理由に持分の払戻しを求めた訴えにつき、前者に金一三〇五万二一〇〇円、後者に金二六一〇万七四〇〇円の支払いを命じた仮執行宣言付第一審判決がなされ、控訴人の控訴により右訴訟は現在当裁判所に係属中のところ、控訴人は合計金一五〇〇万円を供託して鈴木らの申立てた控訴人所有の土地建物に対する強制執行の停止決定を得たが、この事件においても控訴人は資金不足のため和解に応じないことはいずれも当裁判所に顕著な事実である。

右事実からすれば、持分払戻しによる退社という方法で本件紛争を解決することは不可能であると断ぜざるを得ない。

判旨三以上に認定判断したところを総合すると、控訴人は昭和五〇年一二月一日当時でさえ金一億四〇〇〇万円にのぼる資産を有しているにもかかわらず、形骸化し、事実上の休止状態にあるため、社員に対しごく少額の利益配当しかせず、このままの状態では訴外会社に参加していない社員である被控訴人の利益を十分に尊重しているとはいえず、鈴木栄一らの退社により業務執行の面では多数決の方法によつて意思決定をすることが可能になつたとはいえ、このような方法では常に被控訴人の利益を無視する結果となることが明らかで、社員間の対立は決定的なものであるといわざるをえない。しかも控訴人は、代表社員の選任のように全社員の同意を必要とする行為についてはこれをなすことができない状態にある上、被控訴人の退社という方法により本件紛争を解決することもできない現状にある。そうすると結局控訴人については、企業維持の原則を考慮に入れても、なお、解散の理由となるべき「已むことを得ない事由」が存在するものと認めざるを得ないから、控訴人の解散を求める被控訴人の本訴請求は、正当としてこれを認容すべきである。

四よつて、右と同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(秦不二雄 三浦伊佐雄 喜多村治雄)

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